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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)289号 判決

神奈川県茅ヶ崎市松林一丁目一四番三九号

原告

桂秀光

神奈川県茅ヶ崎市茅ヶ崎一丁目一番一号

被告

茅ヶ崎市

右代表者市長

根本康明

右訴訟代理人弁護士

神崎正陳

右指定代理人

大隅忠次

臼井末廣

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

矢澤敬幸

高野博

岡野英夫

引地俊二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは、各自、原告に対し、一〇万円及びこれに対する平成五年一〇月七日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年五月二四日、東京都品川区立荏原第四中学校の教員として就業中、生徒から暴行を受けて傷害を負い、その治療のため休業を余儀なくされたが、右負傷は公務災害と認められ、通常勤務していた場合と変わらない額の教諭の支払を受け続けた。なお、原告は、現在は、東京都立大森高等学校(定時制)の教員として稼働するものである。

2  茅ヶ崎市長は、平成五年四月二七日付けで、原告の市県民税(以下「住民税」という。)の年税額につき、(一) 昭和五九年度分を三万八三〇〇円、(二) 昭和六〇年度分を七万六七〇〇円、(三) 昭和六一年度分を九万〇六〇〇円、(四) 昭和六二年度分を一六万〇九〇〇円、(五) 昭和六三年度分を一八万四〇〇〇円にそれぞれ減額変更する旨の決定(以下「本件変更決定」という。)をした。

さらに、茅ヶ崎市長は、平成五年八月一一日付けで、本件変更決定に対する原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。

3  藤沢税務署長は、平成五年九月一七日付けで、昭和五八年分ないし昭和六二年分の所得税に関する課税処分に対する原告の異議申立てを却下する旨の決定をした。

4  しかし、原告が昭和五八年から昭和六二年の間に東京都から実際に支払を受けた給与の額には今日までいかなる変更も生じていないから、原告の昭和五九年分ないし昭和六三年分の住民税の年税額が減額される理由は何もなかったし、そもそも地方税に関する時効期間は五年であり、給与に関する時効期間は二年であって、市県民税額を変更する処分を右所定の期間経過後に行うことは許されない。

したがって、本件変更決定は違法であり、これに対する異議申立てを退けた茅ヶ崎市長の異議決定も違法である。

また、藤沢税務署長の異議決定も、同様に違法なものである。

5  よって、原告は、茅ヶ崎市長がした本件変更決定及び異議決定並びに藤沢税務署長がした異議決定によって被った被害の賠償金一〇万円及びこれに対する本訴提起の日である平成五年一〇月七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を求める。

二  請求原因に対する被告茅ヶ崎市の認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同4、5は争う。

三  請求原因に対する被告国の認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同4、5は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一被告茅ヶ崎市に対する請求について

一  請求原因2の事実は原告と被告茅ヶ崎市との間で争いがないところ、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第二ないし第六号証の各一、二、第七号証、成立に争いのない丙第一、第二号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和五七年五月二四日、東京都品川区立荏原第四中学校の教員として就業中、生徒から暴行を受けて傷害を負い、その療養のため休業を余儀なくされたが、東京都は、原告に対し、とりあえず休業がないものとして計算された額の給与を月々支払続けた。

その後、原告に休業補償金が支払われたため、東京都は、休業日数を考慮して計算し直した給与の額(以下「実給与額」という。)と、既に原告に支払われた給与の額(以下「既払給与額」という。)との差額(以下「過払額」という。)を、原告に返還するよう求めたが、原告が任意に返還しようとしなかったため、平成元年一二月、原告を相手方として、過払額の返還請求訴訟を提起した。

2  既払給与額及び実給与額は次のとおりである。

既払給与額 実給与額

(一) 昭和五八年分 二九八万二六四八円 二一〇万八二〇七円

(二) 昭和五九年分 三三三万八三四二円 二六四万二六〇九円

(三) 昭和六〇年分 三六三万七二四九円 二八九万二七六七円

(四) 昭和六一年分 四〇八万九四九一円 三八二万九三四〇円

(五) 昭和六二年分 四二八万〇〇七三円 四二六万九一四一円

3  東京都は、茅ヶ崎市に対し、各年分とも右既払給与額を支払額とする給与支払報告書を提出したため、原告が納税義務を負う昭和五九年度分以降の住民税の年税額も、右既払給与額を基礎として計算され、原告に対する昭和五九年度分以降の給与からその額が徴収された。

その後、東京都は、原告に対する給与支払額が、先に提出した右給与支払報告書に記載の額(既払給与額)よりも過払額だけ減少し、住民税に過納金が生じたとして、茅ヶ崎市に対し、過納金の還付方を要請した。

4  既に徴収された原告の住民税の年税額及び実給与額に基づいて算出された住民税の年税額は次のとおりとなる。

徴収された額年税額 実給与額による年税額

(一) 昭和五九年分 八万五〇一〇円 三万八三〇〇円

(二) 昭和六〇年分 一二万四八二〇円 七万六七〇〇円

(三) 昭和六一年分 一四万八八〇〇円 九万〇六〇〇円

(四) 昭和六二年分 一八万四一八〇円 一六万〇九〇〇円

(五) 昭和六三年分 一八万五〇〇〇円 一八万四〇〇〇円

茅ヶ崎市庁は、平成五年四月二七日、原告の昭和五九年度分ないし昭和六三年分の住民税の年税額について、右上段の金額を下段の金額に減額する旨の本件変更決定を行った。

二  以上認定した事実によれば、本件変更決定は、休業補償金の支給に伴って生じた過払額は原告に対する給与に当たらないとして、昭和五九年度分以降の住民税の特別徴収税額を減額したものであるから、それ自体は、原告に対し特段の不利益を被らせるものでないことは明らかである。

また、原告は、過払額も給与として支払われたものであるとして、東京都との間の告訴においてその返還義務を争っていたことが窺えるが、地方公務員に支払われるべき給与の額は、条例等によって定まるものであって、住民税に関する決定によって左右されるものではないから、本件変更決定が、原告に対する過払額が給与の支払に当たるかどうかについて、原告の考えと異なる見解に立って行われたとしても、そのことによって原告に何らかの不利益がもたらされたということもできない。

したがって、本件変更決定によって原告に何らかの損害が生じたと認めることはできないし、また、本件変更決定が原告に不利益を及ぼすものといえない以上、これに対する異議申立てを棄却する決定によって原告に特段の損害が生じたと認めることもできない。

三  そうすると、本件変更決定の適否について検討するまでもなく、原告の被告茅ヶ崎市に対する本訴請求は失当である。

第二被告国に対する請求について

請求原因3の事実は、原告と被告国との間で争いがない。

しかし、原告は東京都から給与の支払を受ける給与所得者であるから、所轄税務署長が原告に対して、その源泉所得税に関する課税処分を行うことはないし、そもそも、藤沢税務署長はその源泉所得税の納税地を所轄する税務署長でもないのであって、本件において、同税務署長が原告の源泉所得税につき何らかの課税処分をしたとの事実は認められない。前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成五年六月二一日付けで藤沢納税署長に対し、原告の昭和五八年分ないし昭和六二年分の所得税(源泉徴収税)の更正を不服として異議申立てをしたところ、同税務署長は、原告に対し何らの課税処分もしていないとして、右異議申立てを却下する旨の決定をしたことが認められるが、存在しない課税処分を対象とする不服申立ては不適法であるから、同税務署長のした右決定は何ら違法ではなく、これが違法であることを前提とする原告の被告国に対する請求は失当である。

第三結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 裁判官 武田美和子)

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